薄着だったので夏の晴れた日だろう。
そこは広さ六畳ほどの畳部屋。
縁側があり窓も全開で夏の風が気持ちよく感じていた。
私は部屋の真ん中で、両足を前に投げ出すように座って遊んでいた。
何かの物いじりをしていたようだ。
そこへ羽のある一匹の虫が飛んできて右足の親指にとまった。
「あっ!」
何だろう…と思った。
親指の先がくすぐったく感じてもじもじ動かした。
するとその瞬間、チクッと刺さる刺激を感じた。
「痛い!!」
虫はすぐ飛んで行ったが痛みは強烈に残っていた。
私はいきなり泣いた。
ワ~ン、ワ~ン、とけたたましく泣いた。
これでもかと言わんばかりに、びっくりしたのと痛いの気持ち思いをアピールした。
突然おおきな泣き声を上げた私に気づき、別の部屋にいた母が何ごとかと駆け寄ってきた。
「虫が…虫が…」と刺された親指を指さし泣きながら訴える私。
母は蜂に刺されたと直感したのか、ちょっと苦笑いしながら「そうね。虫に刺されたのね。痛いの痛いの飛んで行けー。どうね、痛いの痛いの飛んで行けー。」と何度も何度も手を親指にあてておまじない。
私は不思議と少し気持ちが落ち着いた。
これが私の記憶の始まり。
3歳の出来ごとだと後で聞かされた。
私にとって最初の大きな苦難。
自分に危害を加える存在を知った初めての瞬間だったと思う。
《たま手箱の心感覚》
3歳といえ感情とともに状況まで鮮明に記憶に焼き付いている。この出来ごとの前後はまったく覚えていない。ここだけ覚えている。
足の親指を動かさなければ…、一瞬にして払いのければ…、と今は対応を考えられるが、3歳の私には必死で泣いて母に訴えるしか術がなかったのです。
この頃に記憶にある人の存在は母だけ。
母が直ぐに来てくれたこと、おまじないを何度もしてくれたこと、苦笑いで対応していたこと、などなど状況から3歳の私は大丈夫なんだと少し安心した。この時期、母の存在はすごく大きい!と思う
蜂に刺されるという苦難があり、母の存在や当時の境遇を3歳の記憶として残すことが出来た。貴重な出来事だった。