私は普段、あまり悩まない人間です。
友達の機嫌が少し悪くても、「まあ、そんな日もある」と受け流す。
どちらの道に進むか迷っても、調べて納得したらすぐに決める。
私の人生のクローゼットは、いつも整っている。

余計な感情は長く留めず、きちんと棚に戻していく。
……それでも、そのクローゼットの奥の奥に、たった一つだけ捨てられない箱があります。
小さくて古くて、触れるたびに少しだけ胸がざわつく箱です。
時々、何かの拍子にそれが開き、
「不愉快なモヤモヤ」が、煙のようにふわりと立ち上がることがあります。

それは、37年前。
私が高校生だった頃の、夕暮れの記憶。
あれは、理不尽な出来事でした。
私は間違っていなかった。
むしろ自分なりに誠実に、真っ直ぐやっていただけでした。
それなのに、誰かの勘違いと、すれ違いと、都合の良い解釈の中で、
気づけば私は「悪者」にされてしまったのです。
17歳の私は、駅のロータリーに立ち尽くしていました。
夕暮れの光だけがやけに優しくて、それがかえってつらかった。
頭の中は嵐でした。
「なんで私なの?」
「どうして誰も分かってくれないの?」
言葉にしたら壊れてしまいそうで、でも黙っていると押し潰されそうで。
ただ一人、世界から切り離されたような時間でした。

大人になった今の私は知っています。
どれだけ正しくても、理不尽は起こるということを。
けれど知っているからこそ、余計に思うのです。
……あのときの私は、あの場所に置き去りのままだった、と。
ある日、その記憶がふと蘇ったとき、私は気づきました。
私は過去を責めているのではなく、
あの夕暮れのロータリーにいる17歳の自分を、ずっと迎えに行っていなかったのだと。
だから私は、少しだけ時間を巻き戻すことにしました。
今の、少しだけ図太くなった私が、
あの日のロータリーへ行くイメージで。
そこに、彼女はいました。
カバンをぎゅっと抱え、俯いたまま、
今にも消えてしまいそうな17歳の私。

私はその隣にそっと座ります。
そして、手にしていたカフェラテを差し出しました。
「ほら」
驚いた顔でこちらを見る彼女に、私は静かに言いました。
「悔しいよね」
「怒っていいよ」
「あなたは何も間違っていない」
少し間を置いて、続けます。
「でもね、大丈夫」
「その出来事、ずっと抱えなくていいよ」
「37年後の私はね、ちゃんと笑って生きてるから」

彼女は不安そうに聞きます。
「じゃあ、私はずっと引きずったままになるの?」
私は首を振ります。
「ならない」
「むしろその真っ直ぐさはね、これから先の人生で、人をちゃんと見分ける力になる」
「だからここで擦り減らさなくていい」
私は最後に、少しだけ笑って言いました。
「これはね、“超・理不尽なもらい事故”」
「だから処理は、未来の私に任せていい」
17歳の私は、少しだけ肩の力を抜きました。
それだけで、空気が少しだけ変わった気がしました。

気づくと、私は現代に戻ってきています。
あの日の記憶が蘇るたび、私は心の中でそっと呟きます。
「あ、エラーログが出てるな」
「でも大丈夫、あのときの私には、もうカフェラテを渡してある」

感情は、消すものではなく、置き直すものなのかもしれません。
過去に残っている自分に、もう一度だけ手を差し伸べること。
それだけで、少しだけ今が軽くなります。
不意に心がざわついたときは、
どうかそのままにせず、
あの夕暮れのロータリーに、そっと一杯のカフェラテを置いてあげましょう。

by シマ吹くろう🌿