今の子供たちを見ていると、外で思い切り遊ぶ機会が少なくなったなぁと感じます。
気候の変化、防犯、騒音問題、自然環境の変化……。
先日もニュースで、公園での花火が禁止される地域が増えていると知り、「時代とはいえ、残念だし、少し寂しいなぁ」と感じます。
そんなことを考えていると、ふと自分の子どもの頃を思い出します。
小学校から帰ると、近所の友達と毎日のように外へ飛び出して遊んでいました。
近くの野原や池で採ったカマキリの卵やカエルの卵を持ち帰ったことがあります。
数週間後、気づくと部屋中が小さなカマキリやカエルでいっぱいになり、大騒ぎになって母にめちゃ怒られたなぁ。
夏になると近くの神社で蝉取りに夢中でした。
やっとネットを近づけた瞬間、蝉が飛び立ち、顔におしっこをかけられたことも今では懐かしい思い出です。
公園の砂場では、大きな山を作り、ビー玉が転がるコースを考えました。
棒を立てて進路を変えたり、穴を掘ってゴールを作ったり。
まるで手作りのピンボールゲームのように、友達と夢中になって日が暮れるまで遊んでました。
メンコ遊びも、相手のメンコに少しでも勝てるように角を削り、コンクリートとの密着を良くする工夫まで考えました。
缶蹴りや「だるまさんが転んだ」では、とにかく走り回りました。
汗だくになっても時間を忘れ、夢中になって遊んでいたのです。
学年が上がるにつれ、遊びも少しずつ変わっていきます。
野原では季節を問わず凧揚げを楽しみました。
どうすればもっと高く、もっと安定して飛ぶのかを考え、凧の形や糸にも工夫を重ねました。
青空の高いところで安定して揚がる凧を眺めていると、大きな達成感と満足感、そして何とも言えない高揚感がありました。
手に伝わる凧糸の感触から、空高く吹く風の強さや変化を感じ取ることも楽しみの一つでした。
野球やローラースケートもいっぱいやりました。
釣りにハマった時は、海や湖、川の中を想像しながら、「魚はどこにいるのだろう」「水の流れはどうなっているのだろう」と、生き物の暮らしや水中の環境を考える時間がとても好きでした。
そんな遊びに、当時の私は、ただ夢中になってるだけだと思っていました。
でも、今振り返ると、虫や魚、生き物たちとの出会いが命の大切さを教えてくれました。
ビー玉やメンコでは工夫する楽しさを知り、鬼ごっこや缶蹴りでは友達との関わり方を学んだと思います。
凧揚げでは風を感じ、釣りでは水の中の世界を想像しました。
どれも学校の教室では学べない、小さな体験の積み重ね。
遊びの一つひとつが、知らないうちに私の心を育ててくれていたのだと思います。
『心は、小さな体験に育てられる。』
私は、そう感じています。
もちろん、時代は変わり、安全を守るために必要なルールが増え、私たちが子どもの頃のような遊びが難しくなったものもあるでしょう。
それでも、子どもたちには自然の中で驚き、夢中になり、「なぜだろう」と考える時間を大切にしてほしいと願っています。
風を感じること。
雨上がりの水たまりをのぞいてみること。
虫の声に耳を澄ませること。
木漏れ日を見上げること。
川の流れを眺めること。
そんな何気ない時間が、子どもたちの感性や想像力、そして心を豊かに育ててくれるように思うのです。
私も孫たちと一緒に、海でカニを捕まえたり、魚を釣ったり、小川でザリガニを探したり、川辺でホタルを眺めたり、昆虫を追いかけたり、夜空いっぱいの星を見上げたりしたいと思います。
もう少し大きくなったら、馬にも乗せてあげたい。
きっと、その一つひとつの体験は、大人になっても心のどこかで温かな灯として残っていくと思う。

便利な時代だからこそ、便利さだけでは育たない大切なものがあります。
未来の子どもたちにも、自然の中で心を動かし、小さな感動を積み重ねながら、豊かな心を育んでいってほしい。
それが、今の私の願いです。
by シマ吹くろう🌿