この話はノンフィクションです♪
私が小学生の頃、理科の授業で懐中電灯を作ることになりました。
一人ひとりが部品を組み立て、電池を入れ、最後にスイッチを入れると明かりが灯ります。
完成した懐中電灯はスケルトン仕様で、中の仕組みが見えるのがとても格好良く、私はすっかり気に入ってしまいました。
外で遊ぶことが大好きだった私は、その懐中電灯をどこかで使ってみたくてたまりませんでした。
そこで仲の良い友達二人を誘い、家の近くにある暗渠へ探検に行こうという話になりました。
住宅街の外れには空き地が多い場所があり、そこには蓋のない水路の入口があることを知っていました。
約束の日、三人は自慢の懐中電灯を手に、その入口へ向かいました。
空は気持ちよく晴れていました。
雨の心配もなく、子どもなりに「今日は大丈夫だ」と考えていたのでしょう。
入口は思ったより狭く、中をのぞくと薄暗い空間が奥へ続いていました。
少しだけ怖い。
でも、それ以上に冒険への期待が勝っていました。
「行こう!」
誰からともなくそう言って、私たちは暗渠の中へ足を踏み入れました。
水路にはゆるやかに水が流れていましたが、両側が少し高くなっていて歩けるようになっています。
靴が濡れることはありませんでした。
中へ入ると、三人同時に懐中電灯のスイッチを入れました。
パッと足元が明るくなります。
自分で作った懐中電灯が本当に役立っている。
それだけで胸が躍りました。
「よし、行こう!」
私たちはどんどん奥へ進んでいきました。
途中には真っ暗な場所もありましたが、懐中電灯があるおかげで不思議と怖くありません。
光に照らされた水路には、ビーチサンダルやゴムボール、人形など、さまざまな物が落ちていました。
泡がたくさん溜まっている場所もあります。
普段は見ることのない世界でした。
突然、友達が声を上げました。
「うわっ!」
見ると、ネズミが一匹死んでいました。
三人とも思わず後ずさりします。
気持ち悪かったけれど、それもまた冒険らしい出来事でした。
しばらく進むと、頭上からコツコツと足音が聞こえてきました。
暗渠の蓋の上を誰かが歩いているのです。
「しーっ!」
「静かに!見つかったら怒られるかもしれない」
私たちは声を潜め、顔を見合わせながら声を抑えて笑いました。
ドキドキする気持ちが、ますます冒険を面白くしていました。
それから、どれくらい歩いたでしょうか。
おそらく二百メートルほど進んだ頃だったと思います。
前方に小さな光が見えました。
「あっ!」
「出口だ!」

その瞬間、三人とも一気に元気になりました。
近づくにつれて光はどんどん大きくなります。
やがて出口にたどり着くと、そこは大きな川の護岸の横壁でした。
しかし、今度は別の問題があります。
どうやって上へ出るのか。
出口から顔を出して周囲を見回すと、すぐ横に鉄製のステップが取り付けられていました。
「これだ!」
私たちは慎重に手と足を掛け、一段ずつ登っていきました。
もし落ちたら大変です。
最後に柵を乗り越え、ようやく地上へ出ることができました。
三人とも無事です。
「やったー!」
思わず喜びの声が上がりました。
達成感で胸がいっぱいです。
帰り道では、暗渠の中で見たものや感じたことを夢中で話しました。
真っ暗だった場所のこと。
死んでいたネズミのこと。
頭上から聞こえた足音のこと。
そして、自分たちだけが知っている秘密の冒険だったこと。
あの頃の私は、ただ懐中電灯を使ってみたかっただけでした。
けれど今思えば、本当に試していたのは懐中電灯ではなかったのかもしれません。
暗い入口の前で少し怖さを感じながらも、一歩を踏み出したこと。
友達と励まし合いながら進んだこと。
見たことのない世界を、自分の目で確かめようとしたこと。
あの日の冒険は、子どもだった私が初めて「未知の世界へ進む勇気」を持った日だったように思います。
理科の授業で作った小さな懐中電灯は、ただ足元を照らす道具ではありませんでした。
その光は、好奇心に背中を押されながら前へ進もうとする私たち少年心も照らしていたのでしょう。
今の時代なら、子どもだけで暗渠へ入ることなど考えられません。
危険だったことも、大人になった今ならよく分かります。
それでも、あの日見た暗闇の先の光と胸いっぱいの達成感は、今でも鮮明に覚えています。
私にとってあの懐中電灯は、初めての冒険の相棒でした。
そしてあの日は、自分の知らない世界へ向かって歩き始めた、忘れることのできない最初の一歩だったのです。
by シマ吹くろう